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静岡ダービーの歴史を振り返る「ダービーマッチ」。日本でも、「ダービー戦」はもうすっかりお馴染みになったが、日本国内におけるダービーマッチの歴史、注目度はまだまだと言えるかもしれない。だが、国内屈指のダービーマッチが静岡県には存在する。小野、高原といった、現在海外で活躍している選手をはじめ、現役・引退した選手も含めて70人を超すプロサッカー選手を世に送り出している静岡県。その『サッカーのメッカ』静岡県に本拠地を構え、人気を二分するのが清水エスパルスとジュビロ磐田である。両チームによって繰り広げられる「静岡ダービー」は、サッカーと共に歴史を刻んできたヨーロッパ諸国の「おらが町のクラブがNO.1だ」という、ダービー本来の意義をそのまま持っているといっても決して過言ではない。それは、幼い頃から周りに『サッカー』があるという環境、すなわちサッカー文化の根付いた静岡ならではだと言える。 その「静岡ダービー」がJリーグで最初に実現した日は、磐田がJリーグに参入した94年の4月6日だった。当時のメンバーには清水・澤登正朗、磐田・中山雅史といった、今もなお活躍し続ける、「チームの代名詞」と呼べる選手の名前を見つけることができる。 それから11年の月日が流れ、27回を数えた静岡ダービーの対戦成績は、磐田の17勝1分9敗だ。様々なドラマがあったが、最も誇るべきは99年のJリーグ王者を懸けた「チャンピオンシップ」だろう。1st優勝の磐田と2ndを制した清水。結果は1勝1敗でPK戦までもつれ込み、それを制した磐田が年間王者のタイトルを手にした。だが、どちらもチャンピオンに相応しい強さがあり、中山・澤登というMr.ジュビロ、Mr.エスパルスの活躍が目立つ、名実共に「サッカー王国」の名に恥じない、静岡県の誇る名勝負となった。 「サッカー王国」のもたらす影響は選手だけに止まらず、質の高いサッカーと共に育ってきた、サポーターの持つサッカーへの関心度、レベルをも向上させた。だからこそサポーターは「ダービー」のステータスをよく知っており、どの試合も緊迫した独特の雰囲気を醸し出してくれる。 プレーする者・観る者・スタジアム、その全てが相まって最高のダービーマッチを作り上げるとすれば、ジュビロ生え抜きの山本監督、エスパルス生え抜きの長谷川監督が指揮を執り、中山・名波・服部・田中ら磐田勢vs澤登・斉藤・伊東・市川ら清水勢の『静岡っ子』対決、そして6試合ぶりの日本平スタジアムと、まさに条件は揃ったというわけだ。 あと、「静岡ダービー」の価値を更に高い物にするか否かは、その瞬間を共有するすべての人の手に懸かっている。「先祖代々エスパルスファン!」「Jリーグでプレーするなら絶対ジュビロ!!」と観戦に訪れた『静岡っ子』に、かつて自分たちが抱いたような夢を持ってもらえるような、素晴らしい「静岡ダービー」を期待したい。その繰り返しで「静岡ダービー」の歴史は今でも、そしてこの先も限りなく続いていくことだろう。 以上 Reported by 上岡真里江(ビットマイスター) 前回の対戦![]() ![]() ![]() |
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