布啓一郎インタビュー

Q:いよいよ選手権の時期が来ました。市立船橋(以下市船)高校監督時代の一番の思い出を教えてください。
「一番ですか。色々な思い出がいっぱいあるから難しいな(苦笑)。もちろん、勝った方がうれしいけれど、阿部(敏之)とかいた帝京(東京)に試合終了間際に逆転負けをした試合(第70回大会準決勝・1−0でロスタイムに入ったが、その後2失点。1−2で敗戦)とか、その前に一回戦で国見と対戦(第65回大会・2度目の出場)して手も足もでなくて0−5で負けた試合も思い出にありますね。でもそういう試合があったからこそ、優勝っていうすごくうれしいことも経験できた。勝つまでにはいろんな山がありましたよ」
Q:市船時代は追う立場、追われる立場どちらも経験していますね。
「そうですね。その時々でいろいろ違いましたね。私が20代半ばくらいの時は、40代の指導者に小嶺(忠敏:国見総監督)さん、古沼(貞雄:東京Vアドバイザー)さん、松澤(隆司:鹿児島実業総監督)さん、城(雄士:三重中京大監督)さん、井田(勝通:静岡学園高監督)さんなどそうそうたる人たちがいた。最初の頃は本当に胸を借りるというか、挑戦する立場だった。もちろんその中でも一発やってやろうと思ってはいましたよね。それから、市船が何度か優勝して、他のチームから挑戦されるようになった。でも、やはり勝負事ですから『胸を貸す』という気持ちになったらダメなんです。そのイメージだと自分たちが有意に立っているということになる。そうするとスキができるんです。選手もスタッフも優勝を計算していく中で、いろいろなところに落とし穴があるんじゃないかな」
Q:全国制覇をしていく中で、縁起をかついだりしたことはありましたか
「私はあえてそれをなくしていった方です(笑)。例えば、最初に優勝した時(第73回大会)に乗っていたチームバスを優勝した時のバスだからと、2年後のチーム(第75回大会優勝)でも乗っていたんです。でも決勝まで進んだとき、国立まで違うバスで行った。ジンクスにはすがりたい部分があるんだけどそれだけになる。(ジンクスを)崩した中でも勝っていかなきゃいけないんじゃないかなって思ったんです」
Q:選手権だからと特別なことはしなかったんですね。
「そうですね。今はかっこいいことばかり話していますが、最初の頃は国立というだけでいろんな思いがあったし、それが現実。チーム作りをしていく中で、チームって選手って何だろうって思うんです。選手はサッカーが上手くなりたくて市船の門を叩いてくれた。この子達のサッカーを上手くしてあげられなかったら私はコーチじゃない。そこから逆算して1年間のトレーニングってどうあるべきなのかを考える。高校選手権は大きなイベントだけど、それだけに固執してしまうと、選手を本当に育てられるかといったら難しいと思う。最終的には平常心を持って、自分たちの力をお客さんのいる国立という大きな舞台で出せれば最高な18才年代だよねということで送り出していく。その先にプロとか代表とかあってくれればうれしいし」
Q:以前は選手権が最終目標という部分があったと思います。今はその先を考えられる。選手の意識が変わってきていますよね。
「それはいいことだと思います。ただ優勝するチームからでも一人か二人しかプロになれない現状がある。だけど、プロだけが道じゃない。大学に進学しても、就職しても高校3年間の糧があって自分の人生を歩いていけるようになってほしい。市船っていうサッカー部に在籍したことによって、そこに誇りを持つというのかな。多感な高校3年間はいろいろなことがあると思うんです。その誇りを糧にその、先の人生を生きていけたらいいですよね。卒業したOBが戻ってきて、そういう風にいってくれたときに監督としてはうれしい。(選手が高校生だった)当時は怖いばっかりだと思うんです。でも、本当にただ怖いだけで愛情も何もなかったら、OB会で監督を呼ぼうってならないでしょう。愛情を持ってレギュラーも、そうじゃない部員も携わっていく。それは高校生を指導する上での面白いところ。高校サッカーならではでしょう。クラブチームのようにサッカーの時だけじゃなくて、朝から晩まで一緒にいるわけだから。そこはすごくいいところだと思いますよ。
Q:では逆に、指導していく中で苦労されたところは。
「人数が多くて目が行き届かないとか、仕事量が多いことかな。100人の選手がいたら100人全員を見ていくという責任があるし、100人が全員いい思いを持っているわけじゃなくて、試合に出られない選手はなんでこのチームに来たのだろうって思うし。だからこそ、チームのプライドを持って選手権なら選手権を獲るんだって(チームを)一つにする。そういうところが大変ですよね。それに、選手たちをどうしたら上手くしてあげられるかと、こちらも悩んでいる。僕は思うけど、あんまり気の大きい人は名監督にならない(笑)。たぶん古沼さんとか小嶺さんもすごい細かいと思うんだよ。僕もいつもドキドキしている。これ大丈夫かな、あれ大丈夫かなって心配になる。もちろん悩んでいる格好は見せないよ。でもいろいろ葛藤がどの監督さんもあるのかな。選手を怒った後にちょっと言い過ぎたなとか、全然違ったことで怒ったなとか(笑)」
Q:もう一度高校サッカーに戻りたいと思うことはありますか。
「それはもちろんありますよ。すごく魅力があるし、実際にそういう可能性も今後あるんじゃないかと思います。そのときにやりたいことは、高校3年間じゃなく中学からの6年間というスパンでやっていきたい。13、14才くらいで徹底してテクニカル的なところをつきつめて、15、16才でチーム全体の役割が決まって、それを17、18才で仕上げたいかな」