


まっすぐな瞳と強い意志。日本で生まれ育っては決して備わらなかったであろうサッカーへの想い、そしてプロとしての自覚。
セルヒオ エスクデロ17歳。
浦和ユース出身のプロ契約一年目の選手が紡ぐ言葉は真摯でそして、力強い。
抜群のセンス、将来性を持つプレーと、強烈なメンタルを併せ持つ。
もしかしたら、日本サッカー界はこんな奴を待っていたのかもしれない、そんなことすら思わせる言葉の数々に耳を傾けたい。
- Q:コンディションはよさそうですね?(取材は12月15日に行われた)
- 「ずっといいですね。一度ハンブルガー戦(5月31日)でケガしてそれが治ってからずっといいです。最近は試合にも絡めるようになっていますし。」
- Q:練習のミニゲームから積極的にシュートまで行くんですね。
- 「そうですね。練習から結果を出していかないといけないですしね。坪井さんや代表でやってる人ともマッチアップできて嬉しいですし、抜けたら自信にはなりますね。」
- Q:17歳と、チーム最年少。若いけれどお客さん感覚はなさそうですね。
- 「若いとかそういう言い訳は無しで、もう絶対先発で出るようなプレーしたいですね。」
- Q:今年、9月にプロ契約を果たしました。17歳でのプロ契約は自分としては思ったより早かった?
- 「僕は3歳からサッカーを始めて、目標はプロサッカー選手だったんですよ。12歳の頃、お父さんと話をしていて、お父さんのサッカー人生を聞いたんです。
お父さんは15歳でベンチに入って、16歳でデビューして17歳で契約したんですよ。その時から、僕はお父さんより早くプロになることを目標にしたんです。中2から日本に来てサッカー人生がちょっと変わったんですけど、まあ自分のスタイルは捨てちゃいけないって何回もお父さんに言われて、そうやってきました。」
- Q:でもJリーグ史上2番目の早さでのプロ契約ですよ。
- 「僕は18歳になってプロになってなかったら、サッカーやめるつもりだったんです。18歳より上でプロでないならもう通用しないってアルゼンチンでは考えるんです。僕の友達がインデペンディエンデ(アルゼンチン一部リーグ)で10番着て出ているんですよ、アグエロ(セルヒオ・アグエロ:6月のワールドユースにチーム最年少で出場。優勝の原動力になった)。僕、すごく仲良かったんですよ。僕はベレス(・サルスフィエルド、今季アルゼンチンリーグ優勝。そこのジュニアでエスクデロはプレーしていた)でやっていてアグエロとは対戦したりしてた奴で、ずっとすごかったんですよ。いつ出るだろうって思っていたら出てきて。そういう奴もいますし。」
- Q:小学校2年まで日本で過ごし、父親(セルヒオ・アリエル・エスクデロ:92年には浦和でプレー)の母国アルゼンチンへ。そして中学1年の終わりに再び父親の仕事の関係で日本に来ました。サッカーの違いを感じることも多かったのでは?
- 「日本のサッカーっていうのは、組織的に守って組織的に攻める。でもスペインとかブラジルとかアルゼンチンとかはやっぱり一人の選手が何をしてくれる?ってそれを待ってるんですよね。僕アルゼンチンで代表合宿に行って、最初に教えられたのは「まずトラップしたら前の人を抜く」っていうことなんですよ。その後にパス。それが最初に教えられることだから、だからみんなもうトラップするとき必ず前を向こうとするんです。前向いてとられても絶対仲間がいるから、チャレンジできるんですよ。」
- Q:それでは、日本に来て最初はとまどったでしょ?
- 「僕は小さいころからサッカー大好きで、アルゼンチンで(ベレスの下部組織でプレーするなど)すごく良い結果を出していて、僕も日本に行くのがイヤだったし、急に全部変わるから。で日本に来たら(レイソル青梅で)ボランチにされて(もともとはセンターフォワード)、練習場も土だし、着替える場所もないし、(リーグ戦でなくて)トーナメントばっかりだし。すべて変わって最初はイヤなくらい、最初はやめたいくらい辛かった。」