


スピードとパワーに加え、鋭い読みを駆使して、相手攻撃の芽を摘むディフェンダー。1対1の強さにも定評があり、FC東京のディフェンスリーダーとしてチームを引っ張る茂庭照幸。平塚ユース(現湘南ユース)所属時からトップチームでプレーするなど、早くからその才能に注目を浴びていた。そして今や日本代表に登り詰めた男は、ユース時代どのようなことを考え、プレーをしていたのか。自身のユース時代を振り返りながら、ユース世代の魅力やJユースカップの魅力などを語ってもらった。
- Q:茂庭選手が、高校ではなくクラブチームを選んだわけは?
- 「地元だったし、そのままなんかポンポンって。自分からではなく、(Jrユースから)上がれって言われて(笑)。求められて行った方がいいじゃないですか。高校とクラブチームでの練習があったから、遊ぶ時間はなかったですよ。サッカーか、学校かって感じ。練習にはバスとか自転車とかで行っていました。」
- Q:当時、ベルマーレ平塚ユースではどんな練習をしていたんですか?
- 「技術的な練習が多かったですね。やっぱりクラブユースだから一人でもプロを作るという考え方だったと思うので、根性論ではなかったですね。技術的な部分…ボール回しや、ゲームだとかそういう内容が中心だったように思います。当時は、足達さん(現・横浜FC監督)が監督だったんですけど、今でも教わりたいなって思うくらいですね。ユースなのに、まるでプロ選手みたいな扱いをされていました。練習もなぁなぁにはならなくって、メニューもひとつひとつ流さないでやっていました。ダメだと思ったらピッて止めて『何でそうなったの?』って。20分でも30分でも寒い中、立たされたり『えーっ』って感じですよね(笑)、でも、『今のは、こうだから、こうで・・』『そういう考えもあるからこうだ・・・』みたいな感じでひとつひとつ言われました。
練習は学校を終えて、夜6時から9時前までやっていましたね。長かった…で、それから帰るみたいな感じです。」
- Q:あのあたり(大神グラウンド)は、夜遅くはずいぶん暗くなりますよね?
- 「そうそう!バスが、10時15分が最終だったんですよ。だからいつもそれで帰っていました。」
- Q:そして、茂庭選手は既に高校生の途中からトップでプレーしましたよね?
- 「そう、正直言ってユースではあんまり長い時間は過ごしていないんです。高1の頃から、トップチームのサテライトとかで練習をしたりしていたんですけど、それは自分にとっては、とても自然な流れでした。トップに上がるっていうことを言われる前から、自分が(上に)上がれるってわかっていましたから。もし、ベルマーレであがれなくても他のところでできるって、自分で思っていました。」
- Q:それは、いつ頃から?
- 「高校1年、2年のときからそう思っていましたよ。その頃から自分はやれるっていうのを感じていました。それと、それ自分がそう思っていた以上に、置かれた環境が良かったので…例えば『通いやすい』だとか、『実家から通える』とか、『指導者に恵まれている』とか、『人との出会い』とか。そういうまわりを取り巻く環境が良かった。それからタイミングも良かった。そういう流れで、周りが俺を押し上げてくれたので、それに対して自分も乗ってきて、自分に自信がついてきてっていう感じで、すべてがうまくいった感じがします。いろんな要素がぴたっときた感じ。」