【広島 vs 湘南】 ウォーミングアップコラム:誰かのために、戦うこと~東日本大震災から5年~

2016年3月11日(金)

「ウォーミングアップコラム」は、試合に向けてのワクワク感を高める新企画。ホームクラブの担当ライターが、いろんな視点から、いろんなテイストでみなさんに情報をお届けします!
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2011年3月11日のことを思い出す時、まず心によみがえるのは、2014年まで広島の10番を背負っていた高萩洋次郎のことだ。

彼の実家は福島県いわき市。海が目の前に広がる風光明媚な場所に、建っていた。だがこの日、太平洋から襲った悪夢のような津波が高萩家を襲う。1階の壁は水で吹き飛ばされ、ピアノはどこかに消えた。冷蔵庫がひっくり返り、他所のクルマが家に突き刺さっていた。そして何より、最愛の祖母が、行方不明となったまま、今も見つかっていない。

ただ、街を破壊した壊れた家同士のぶつかり合いに巻き込まれなかったため、1階は全て吹き飛ばされはしたが、柱と2階はそのまま残っていた。

しかし、高萩洋次郎の父=明夫さんは、2階だけになっていた我が家を修復し、再びこの場所で生活する決意を固めた。瓦礫を片付け、その中に埋もれていたトロフィーも見つかった。息子が前年に獲得したJリーグヤマザキナビスコカップ・ニューヒーロー賞のトロフィーだ。15本あった松の木が1本になってしまったほどの津波の中、このトロフィーは高萩家に勇気を与えるが如く、そこに存在した。

母・典子さんは、庭に花を植えようと思った。土を掘っても掘っても瓦礫が出てくる状態にも関わらず、彼女は そこに洋次郎の妻・理奈さんが好きなひまわりを植えた。土色で覆われた庭に、やがてひまわりの黄色が差してくる。花の強さに夫婦は励まされ、苦境を乗り切る勇気を手に入れた。2012年3月に工事着工、11月16日に完成するという長丁場を乗り切り、高萩洋次郎の実家は復活を遂げた。その8日後、高萩家の努力を祝福するかのように、広島は初優勝。この試合で高萩は1得点を記録し、優勝の歓喜に選手たちが想いを爆発させる中、1人、静かに天に祈った。故郷の、そして全ての被災者に対し、祈りを捧げたのだ。

震災直後、高萩洋次郎は「サッカーを続けていて、いいのか」と自問自答を繰り返していた。その時、彼を救ったのが、現実に被災者となったかつての友人たちの言葉だった。
「洋次郎、頑張ってくれ。サッカーでお前が頑張っている姿が見られるよう、俺たちも頑張るから」
その言葉が、高萩にサッカーを続ける勇気を与えた。
「応援してくれる人のために、サッカーをやる」
そんな気持ちが支配した時、サッカー選手としての高萩洋次郎も大きく成長したのである。

林卓人は当時、仙台でプレーしていた。Jリーグのホーム開幕をその翌日に控えていた状況だったのだが、すぐに家族のもとに駆けつけ、避難生活に入った。幸い、彼が所有していたクルマはまるでマイクロバスのように大きく、3人の娘たちをはじめ、家族全員で車中生活を送ることができた。当時、妻のおなかには4人目の生命が宿っていたため心配も大きかったが、「みんなで新しい命を守りながら、1日1日を何とか生活していこうとしていた」と林は言う。
「ただ、自分たちの被災度は、他の人たちから比べると軽いもの。コンビニに行って並べば食料は買えた。家族を亡くしたわけでもなければ、家が流されたわけでもない。もっともっと辛い境遇の中でも、復興に向かって立ち向かっている人は、たくさんいたんです」

2012年、林卓人は獅子奮迅の活躍を見せて、仙台を優勝争いに導いた。それは間違いなく、「被災者のために」という強い気持ちが林を、そして仙台を支配していたからこそ、起こしえた実績である。どんな苦境に立っても最後まで諦めず、走り、戦えたのは、自分のためだけに戦っていなかったからこそ、だ。

明日の湘南戦に向けての練習後、林卓人は改めて「震災」について言葉をつないだ。
「僕にとっての東日本大震災は、3月11日だったからこそ、思い出すものではない。普段の生活のふとした瞬間に、心に想いが宿ってくる。それほど、自分の中に刻まれている出来事です。復興が進んでいるとは全く思っていないし、まだまだ厳しい日常生活を送っておられる人々もいる。そのことを、忘れてはいない」

もちろん、明日の試合はここ4試合で勝利のない広島にとって、勝たなければならない戦いである。だが、その戦いを通じて、何かを伝えることができる。それは、サッカー選手にしか、できないことだ。

広島でも、2014年夏に起きた大規模土砂災害の復旧が順調に進んでいるとは言えない。今も山肌に爪痕が見えるわけで、その姿を見るだけで心が痛い。まして、未曾有の大災害をもたらした東日本大震災は、いかばかりか。想像するだけで、胸が締め付けられる。

おそらく、ソウルの地で高萩はいつも、被災地に対して祈りを捧げているだろう。林もまた、そしてプロ生活飛躍の場所となった東北の復興に対して、常に思いを寄せている。医者と違い、サッカー選手が生命を救えるわけではない。土木技術者と違って、サッカー選手が復興の土台を築けるわけではない。だが、サッカー選手だからこそ、傷ついた人々に、必死で戦っている人々に、何かを贈ることができる。それもまた、事実なのである。

文:中野和也(広島担当)


明治安田生命J1リーグ 1st 第3節
3月12日(土)13:00KO Eスタ
サンフレッチェ広島 vs 湘南ベルマーレ

エディオンスタジアム広島(サンフレッチェ広島)
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