【広島 vs G大阪】 ウォーミングアップコラム:森崎和幸、J1通算400試合出場。それは、想像を絶する苦難に満ちた物語(後編)。

2016年5月20日(金)

「ウォーミングアップコラム」は、試合に向けてのワクワク感を高める新企画。ホームクラブの担当ライターが、いろんな視点から、いろんなテイストでみなさんに情報をお届けします!
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森崎和幸、J1通算400試合出場まであと2試合。それは、想像を絶する苦難に満ちた物語。(前編)
【写真】前節柏戦でJ1通算399試合目の出場となった森崎和幸。

中国山東省・済南から大連経由で関西空港に降り立ち、新幹線で広島へ。午前中に出発して広島に着く頃は夜になるという長距離移動の中、森崎和幸の体調はもう、限界を超えていた。広島駅まで迎えに来てくれた愛妻・志乃さんの姿を見て、思わず落涙。車の中で号泣。涙は、止まらなかった。
もう無理だ。もう、無理なんだ。
2010年4月14日。慢性疲労症候群による3度目の長期離脱。森崎和幸の人生にとって最大の危機が訪れた。
光を浴びることもできない。部屋に閉じこもり、カーテンを閉め切った中で身体を横たえるだけの日々。だが、眠れない。何をどうやっても、眠れない。立ちくらみがする。何かにつかまらないと、立っていられない。身体全体が揺れているような感覚に陥った。
サッカーどころではなく、普通の生活すら送ることができない。不安と絶望。引退は、現実味を帯びた。
2009年の長期離脱後、自分の症状についてはしっかりとケアしてきたつもりだった。医師にも相談し、予防のために様々な手を打っていた。
なのに……。
どうして、こんな症状に苦しまなければならないのか。
運命を呪った。

8月になり、ようやく最悪の状態を脱した森崎和は練習に復帰。だが、症状が劇的に良くなったわけではない。ペトロヴィッチ監督(現浦和)は、「みんなとコミュニケーションをとることがトレーニング。病気どうこうは関係ない。私にとってのカズは、お前自身なんだ」と励ました。本谷祐一社長(当時)も織田秀和強化部長(現社長)も、コーチやトレーナー、選手たち、家族、サポーター。誰もが復帰を信じ、勇気づけた。だが、本人は全く、そう捉えられなかった。心身共に疲労感は残り、体調回復の手応えもない。リハビリの最中もネガティブな言葉ばかりが、口をつく。それでも、周りは森崎和を支え、信じ続けた。

9月15日。ペトロヴィッチ監督は森崎和に「そろそろ、(チーム練習に)戻ってみるか」と声をかけた。正直、回復した手応えはない。だが、信頼する監督の勧めでもあったし、不安を抱えたまま、練習に参加した。いきなり主力組。「それは無理です」。8番の訴えを、指揮官はこう返した。「カズはカズなんだから」。揺るがない信頼。やるしかない。
不安と裏腹に、やってみるとスムーズに出来た。「ベストのカズだった」とペトロヴィッチ監督がかけた言葉にも、素直に嬉しさがこみ上げた。久しぶりに「生きている」と実感した。
「やれる」と確信したペトロヴィッチ監督は、翌週の鹿島戦で彼を先発で起用する。
森崎和に、不安しかない。体調はポジティブに見て50%程度。それでも、「責任は私がとる。心配するな」。指揮官の想いに覚悟を決めた。「今の状態で試合に出て、いいプレーができたなら、凄い自信になりますよ」。ドクターの言葉も、彼を後押しした。

9月25日、広島ビッグアーチ(現エディオンスタジアム広島)に入った時、1つの横断幕が目に入った。
「何度でも言うよ!おかえりKAZU」
サポーターが書いた渾身の文字。

涙がこみあげた。そして、決意した。
「絶対に、復帰してやる。この先、どんなことがあっても、クラブが俺と契約してくれる限り、何度でも戻ってくる」
プレー時間は63分。ほぼ本能のまま、戦っていた。45分間の予定が「まだやれます」と自分から言えた。大きな進歩だった。
戦いはこれで、終わらない。

2011年も、森崎和の身体は完璧に症状から回復したわけではなかった。試合前日、全く眠れない状態に何度も陥った。だが、それでも彼は1年間、離脱することなく戦い抜いた。
「一生、この症状と付き合っていくという覚悟ができたんです。実は、2012年になっても、不安は消えなかった。でも、森保一監督から『無理をしなくていい。自然でいいから』と言ってもらえた。その感覚を意識し始めて、今に至っているんですよ」

2012年以降の彼は、圧巻の存在感を発揮し、4年で3度の優勝の主役となった。「カズさんの凄さは、一緒にやってみないとわからない。よほどサッカーを知っていないと、見えてこない。代表にも、カズさんのような存在はいない」と塩谷司は絶賛。佐藤寿人や千葉和彦、西川周作(現浦和)や李忠成(現浦和)も、同様の言葉で称賛する。
「広島の象徴でありレジェンド」(森保監督)
「カズさんあっての広島」(青山敏弘)
「広島のスティーブン ジェラード」(ピーター ウタカ)
「欧州のビッグクラブでプレーできる」(ミキッチ)
「カズさんの存在は広島そのもの」(林卓人)
「プロで最も驚いたのはカズさんのプレー」(浅野 拓磨)

数多くの称賛に包まれる森崎和幸ではあるが、現実には何度も何度も引退の危機に見舞われた。その彼をここまで支えてきたのは、サンフレッチェの仲間たち、サポーターの激励、そして何よりも苦しさを共有した家族の存在である。
2012年、初優勝決定の1週間後、どんなに辛い時も常に支えてくれた愛妻への感謝を口にし始めた「広島の伝説」は、絶句する。そして。
「頑張ったらいいことがあるなんて、簡単には言えない……。でも、僕は彼女から、諦めない気持ちを教わりました。だから……感謝を……」
言葉を紡ぐことは、できなくなった。

様々な苦難を乗り越え、明日のG大阪戦で森崎和幸はJ1通算400試合出場を達成する。もちろん、どんな選手であっても、どんな人物であっても、人生に苦難は不可欠だ。だが、広島の8番が体験した苦難は、想像を絶する。そこを乗り越えたからこそ、偉大な記録は輝きを増す。そこに金のような鮮やかさはないかもしれない。だが、知る人ぞ知る。広島に森崎和幸という素晴らしいサッカー選手が銀の渋みをもった、深くて重い価値をもって、立っていることを。

文:中野和也(広島担当)


明治安田生命J1リーグ 1st 第13節
5月21日(土)16:00KO Eスタ
サンフレッチェ広島 vs ガンバ大阪
エディオンスタジアム広島(サンフレッチェ広島)
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