【広島 vs C大阪】 ウォーミングアップコラム:ドクトル・カズ、復帰。厳しい症状との戦いに打ち克ち、森﨑和幸がエディオンスタジアム広島のピッチに立つ。

2017年5月2日(火)


写真:2016年出場時

周囲がざわついた。慌ててノートを取り出す記者たち。カメラマンも狙いを変えた。なぜなら、試合に出ると見こまれるグループに、森﨑和幸の姿があったからだ。

広島の3度の優勝は、森﨑和幸なくして考えられない。当時、優勝に貢献したと言われた選手たちは、他にも大勢いる。実際、彼はベストイレブンにも選ばれていないし、MVPにも選出されていない。だが、広島サッカーの本質を突き詰めるほど、最大の貢献者は誰だったか、見えてくる。そしておそらく、今ほど森﨑和幸という男の存在がサンフレッチェ広島の内外に重く感じられる時はないだろう。欠場が続いて初めて、彼がチームで果たしていた役割の重要性に気づいた人も多いはずだ。

1月31日、タイキャンプから離脱して帰国。慢性疲労症候群の再発である。この病気の恐ろしさや森崎和幸が陥った症状を書き始めると、とてもじゃないが収まりきれない。そこはぜひ検索して過去記事を読んで頂きたいが、森保監督の「普通の生活を送ることすら奇跡。ましてサッカーをプレーするなんて」という言葉で推察して頂きたい。

1月31日に離脱して以来、彼はずっと練習場に姿を現すことができなかった。療養とリハビリの日々。筆舌に尽くしがたいほどの苦しみとの戦いの辛さは、おそらく彼以外には誰にもわかるまい。2003年にその兆候が現れて以降、2006・2009・2010年の3度に渡る長期離脱。その時の症状を何度も聞いてはいるし、記事にも書いた。だがきっと、その本当の辛さの本質はきっと、理解することはできない。おそらく、共に戦っている家族を除いては、誰にもわからない。この症状の辛さもまた、そこにある。

「自分でも、ここまで戻ってこれるなんて、思ってもいなかった」

記者に囲まれ、笑顔で語る「ドクトル・カズ」。その言葉に誰もがうなづく。4月6日、別メニューながら約2ヶ月ぶりにチームメイトとの練習に参加すると、そこから彼は急ピッチでコンディションをあげていった。練習復帰後、初めて紅白戦に参加したのが4月24日。その時は既に、森﨑和幸らしい落ち着きと精度に満ちていた。実戦感覚は失われていても不思議ではないほどの長期離脱だったのに、8番は8番として、そこにいた。パス成功率が95%を超えていた(データスタジアム調べ)昨季と全く遜色ない正確さに加え、茶島雄介を深いタックルで吹き飛ばした強烈な球際も。「ああいうタックルは、去年はあまり出せなかった。感覚的には、去年の試合に出ている時よりも良かったですね」と森崎和は笑っていた。

一方、吹き飛ばされた茶島は「いつものカズさんでした。気づいた時にはもう、逃げられない」と苦笑。森保監督も「初めての紅白戦でああいうプレーが見れるとは。どんなに離脱していても、持っているものは自然と出てくるものですね」とため息をつくほど、「普通に」森崎和はそこにいたのである。

 この日、先発組に入った彼は、自然とピッチの中での指揮官となる。「今は落ち着こう」「慌てるな」と若者たちに声をかけ、自然にボールを動かした。当初はぎこちなかったチームもやがてカズのプレーに合わせはじめることで流れがよくなった。

「カズさんの声によってリズムを保てる。甘えちゃいけないけれど、カズさんが入ると(チームが)変わります」とGK廣永遼太郎は言う。また長沼洋一も「カズさんがいると安心感が違う。先手を読む守備はさすがです。カズさん任せではないけれど、僕たちの良さも引き出してくれると思うし、僕らがカズさんのいいところを引き出せるように頑張りたい」と目を輝かせた。さらにU-20ワールドカップ日本代表に選ばれた森島司も「めっちゃ上手い。落ち着きが違う。カズさんが声をかけるだけで守備もはまる。コーチングも心強い」。初めて森﨑和幸と公式戦を戦う経験に、興奮を隠しきれない。それほど、広島にとっては重要な、極めて重要なボランチが、広島に戻ってきた。ここ最近でこれほど、明るいニュースはない。

「サッカーは1人ではできない。ただ、チームとしてつながりが持てるような役割が果たせれば。僕もみんなにサポートしてもらいながら、みんなを支えていきたい。みんなが自信を持って試合に入れるように、できることをやっていきたい。まあ、言葉なら何でも言える。大切なのはピッチで表現すること。やってやるんだという気持ちをプレーで示したいし、みんなにも見せてもらいたい」

復帰だと勢いこむこともなく、かといって特別な不安もない。2ヶ月以上にわたって、いや本当はもっと長い時間、彼は厳しい症状と闘ってきた。その辛さを乗り越えてピッチに立つのである。立てるのである。その姿を見ることができる幸せを、森﨑和幸と共に戦える喜びを感じながら、「全員で戦う」(森崎和)。そういえば、エディオンスタジアム広島にはずっと、こんな言葉が掲げてあった。

「カズ、君は一人じゃない」

それはきっと、彼だけでなく、選手全員に。そして彼の戦いを見続けてきた家族・チームメイト・スタッフ、そしてサポーター全員の胸に染み込む言葉である。


文:中野和也(広島担当)


JリーグYBCルヴァンカップ 第4節
5月3日(水)14:00KO Eスタ
サンフレッチェ広島 vs セレッソ大阪